世界初の人間向けインプラント3

スウェーデン国内では、データが本当であるかどうかを精査するために、スウェーデン国内の3つの大学が選ばれ検証を行いました。詳しい精査を行っても問題がないことがわかり、その結果を報告し、大学はデータが正しいと結論づけました。

そこからが、スウェーデン政府の対応の早さですが、その報告を受けて、歯を欠損している人のために積極的に利用しようとインプラント治療の保険診療を適用しました。

ちなみにチタンのオッセオ・インテグレーションが証明されたのは、1979年のことです。スイスのシュレーダー教授が、骨とチタンを同時に削る技術を開発し、標本ができるようになったために、ようやく証拠として確認され、証明されるに至りました。

スウェーデンでの発表を受けて、海外でもインプラントに対する興味がわき起こってきました。1982年、カナダのトロント大学のザーブ教授は、カナダはもとよりアメリカでもこの治療法を普及させようと思いました。しかし、アメリカでは以前のインプラント治療がことごとく失敗していたため信用されませんでした。

世界初の人間向けインプラント2

世界初のチタン製のインプラントを埋入したヨスタラーソン博士は、2006年1月亡くなりましたが、それまでずっと同じインプラントを使い続けました。実に40年以上にわたり同じインプラントを使用し続けたのです。

1970年代になり、ブローネマルク博士は、1965年以降の5例の成績をスウェーデン国内で発表しようとしましたが大反対に遭いました。

「うそを言っているのではないか」
「データを捏造しているのではないか」

と中傷され、学会にも参加できず、また講演をしている最中に中止を余儀なくされるなど多くの迫害を受けました。

一方で、多くの医師や研究者がインプラントの研究を続けました。

スウェーデンのアデル教授は、1965年から1980年までの15年間ブローネマルク博士らが行ったインプラント治療のデータをとり、それをもとにしたプロトコールを1981年に学会で発表しました。

その間、下顎に1016本、上顎に986本のインプラントを埋入して、その成功率が発表されましたが、98パーセントと高い成功率となっています。

もちろん初期の頃は失敗が多かったのです。

インプラント体はチタンが骨に付くまでに4ヶ月から6ヶ月かかりますが、条件のいい患者さんに対してはインプラント埋入直後に歯を被せました。すると、40パーセントは抜けたり炎症を起こしたりと失敗が起こっています。原因は、いきなり歯を被せたことや、埋入の時に熱を持たせたことだったことがわかり、治療法を改善していきました。

この発表を受けてスウェーデン国内は騒然となりました。

世界初の人間向けインプラント1

「犬でのインプラントが成功したのだから、自分もやってみたい」と言い出した人がいます。

スウェーデンの整形外科医、ヨスタラーソン博士、31歳です。

科学者的な好奇心に加え、骨変形症のため歯がほとんどなかったので、若い頃から総義歯だったという理由もあり、彼はブローネマルク博士にインプラント埋入を依頼しました。治療は、1965年9月に行われました。

しかし、犬からいきなり人間への実験です。そっくりそのままの方法では、うまくいかないのではないかと考えました。というのも、細い顎の骨にインプラント体を埋入すると折れるのではないかと思ったのです。

そこで、下顎に7ミリのチタンのインプラント4本を埋入しました。

インプラント体が骨にくっつくまで、4ヶ月から6ヶ月間、放置する必要があります。
チタンが骨にくっつくのを待って、その後上部の歯をつけました。

インプラントは入れ歯と違って取り外す必要がない上に、噛む力をインプラントが受け止めるので、残っている自分の歯に余計な負担をかけずにすむという利点があります。

インプラントの世界第一号は犬だった4

骨とチタンの密着状態を確認するために、インプラント体に鎖を連結してつり上げても、まったくインプラント体は抜けません。100キログラムの力で引っ張っても抜けないということがわかり、チタンのオッセオ・インテグレーションは証明されました。

その後、ブローネマルク博士は、愛犬の足の骨を一部切り取り、そこに骨の代役のチタンのフレームを埋めて、インプラント体で固定したところ、チタンは生体とくっつき足の代わりを果たしました。

犬が尻尾を振って、実験室を博士と歩いている写真が残っています。まったく、普通と変らないかわいらしい犬の動作です。

犬の死後、解剖してみたところ、真ん中に空洞があったチタンのフレームの間には骨ができていて、骨とチタンはピッタリくっついていることが確認されました。

チタンという金属は、汚れやごみといった付着物がつきにくいという特質を持っています。インプラント体と骨のくっついている部分を電子顕微鏡で見ると、チタンと骨の間には100万分の1ミリメートル以下の隙間しかないということも確認されています。

チタンは生体と一度密着すると、なかなか離れないのです。

インプラントの世界第一号は犬だった3

ブローネマルク博士は犬に様々な形のインプラント体を埋入して、その効果を確認していきました。その上に、白い歯や金色の歯といった素材の違う歯を取り付けても歯茎に炎症は起こりません。もちろんインプラントが抜けることもなく、硬い餌もしっかり噛んで食べます。

ブローネマルク博士は、インプラントを挿入すると歯槽膿漏になるのではないかと考え、犬の歯を磨かせないままに観察しました。

以前のインプラントでは、歯槽膿漏と同じように骨が吸収してしまっていたので、それが起こるのではないかと心配したのです。

インプラント埋入の犬が歯を磨くのは1年に2回、上部の歯を外すときだけです。取り外した歯は磨けばきれいになり、歯肉は歯槽膿漏にはなっていませんでした。骨の吸収は起こらなかったのです。

1960年から65年にかけて行われたこの犬の実験によって、チタンのインプラントは歯槽膿漏にもならず、しっかり硬いものも噛めるまでに骨に密着するということが証明され、大成功でした。

インプラントの世界第一号は犬だった2

治療に関しては、すべて成功の基準が必要です。科学的に論拠があるかどうか、治療結果が追跡調査されて予知性があるかどうかが一番の問題です。かつてのインプラント治療は予後も悪く、長くは使えないために普及しませんでした。

現代のモダンインプラントについては、1982年にカナダのトロントのミーティングで成功の基準が決められ、それに基づいて治療が実施されるようになっています。
骨にチタンがしっかりと付着することを発見したブローネマルク博士は、これを何かに使えないかと考えました。最終的に歯の根をチタンで作れば骨にしっかり付着するので、歯科の欠損治療に使えるのではないかと思いついたのです。

そこで、実験の第一弾として、ビーグル犬の歯にインプラントを埋入しました。
最初のインプラントは、現在のように骨に埋めて歯肉を貫通させるタイプではなく、歯肉の上に馬の鞍の形のようなチタンを乗せて、その上に歯を被せるというものでした。その方法でも歯肉としっかりくっついたので、いちおう成功でした。

そのため、現在のような骨にチタンのねじ型のインプラント体を埋入してから歯を取り付けるという方法で実験を行いました。
犬の顎の骨とチタンは本当によくくっついたのです。

インプラントの世界第一号は犬だった1

ブローネマルク博士は、チタンが生体にくっつくという性質を生かしたいと考えました。
何に利用するのが最適なのでしょうか。

整形外科医だったので骨折などへの利用も考えましたが、まずは小さくて身近なものから始めるのがいいと、歯への利用を思いつきました。

もともと、歯の根の代わりにインプラントを入れるという考え方は、ヒポクラテスの時代からありました。当時は、金や鉄などを使っていましたが、生体にくっつかないために歯が抜け落ちてしまいました。

1940年代になりブレード・インプラントやサブペリオスティール・インプラント(骨膜下インプラント)などの技術が開発されていきました。顎の骨を覆っている歯肉を骨から剥離して、顎の骨の形の印象を採って模型を作ります。その模型上で金属のフレームを作り、歯茎をふたたび開いてフレームを設置して縫い合わせ、歯肉のキズが治ったところで、義歯を植えていくというものでした。しかし、技術が難しく大手術になるために簡単にはできませんでした。それ以上に普及しなかった原因としては、科学的根拠が乏しいことが挙げられます。成功と失敗が偶発的で、安定していません。その後、インプラント体をセラミックやサフィアなどの素材に変えて実験が行われましたが、同様の理由から普及には至っていません。

チタンが骨とくっついて離れない4

骨膜を利用する技術は、アドバンスというインプラント治療に生かされています。インプラントを埋入できないケースにも、骨を再生することで適応させるというのがアドバンスの技術で、ブローネマルク博士は、はからずも骨を再生する最先端のインプラント治療の基礎研究を行っていたことになります、

また、骨膜下の骨の上にT字型の金属のプレートを埋め込むと、この金属のプレートと同じ型のT字型の骨を作ることができることも実験しています。実はこの作用を世界最初の、人間に対するインプラント治療の際に使っています。

現在はこの技術を使って、耳小骨を作っています。これは耳の中にある小さな骨で、これが機能していないと聴覚障害を起こします。患者さんの中耳に耳小骨を作って移植すると、聴覚が戻るという治療も行われるようになっています。

本来は歯科治療の専門ではなかったブローネマルク博士が行った実験と研究の数々が、口腔インプラントの基礎を作り発展させていったのは興味深いことです。

チタンが骨とくっついて離れない3

整形外科医のブローネマルク博士は骨と外れないチタンの現象を見て、強い興味を持ちました。外れないという特質を、何かに使えないかと考えたのです。

チタンが生体にくっつくというのは、現在では「オッセオ・インテグレーション」といわれていますが、当時はその言葉がなく「ボーンアンカレッジ」と言っていました。
オッセオ・インテグレーションというのは、ブローネマルク博士が「osseos(骨からなる)」と「integration(一体化)」を組み合わせた造語です。

骨の再生の原理を究明するという実験から、チタンと生体の意外な関係があきらかになっていきました。

博士は、もう一つ興味深い実験を行っています。
腸管骨という骨の一部を切り取り、骨が再生するかどうかについて実験を行いました。腸管骨は、真ん中が空洞になっている棒のようなものなので、この骨を覆っている骨膜を剥いで中の骨を取り去ります。そして、血管がついた骨からとった骨膜を袋状に縫い合わせました。

しばらく時間をおくと、その袋の中にふたたび骨ができて骨膜の中で骨が再生されるということが確認されました。これにより、骨膜も骨を作ることができるということがわかりました。

チタンが骨とくっついて離れない2

前回、ウサギの骨の中の血流を調べるために、骨にチェインバーという小さな顕微鏡を取り付けるという話をしました。それまでは、金や真鍮などでできたチェインバーを取り付けていましたが、プロジェクトに参加している教授が「チタンがいいのではないか」とアイデアを出しました。

チタンが生体に馴染みやすい性質を有していることがわかっていましたし、小さな顕微鏡に加工する技術も出来ていました。そこで、ウサギの脛骨にチタンで作ったチェインバーを取り付けることになりました。

骨の中には骨髄があり、その中には太い血管が通っている血流があります。骨髄の周囲には硬い皮質骨があり、骨の形態を維持していることが観察できました。

これにより、骨の中の細胞は、大きな血管から白血球や血小板を取り込んでいて、骨が折れると、骨膜の細胞と骨の中になる血管網によって治癒するということがわかりました。
骨の中の血流と細胞の関係によって骨折が治癒することがわかりましたので、別のウサギにも同様のことが起こるかを観察するために、最初のウサギの骨に取り付けた顕微鏡をはずそうとしました。なにしろ、高価なものなので、一回の実験で使い捨てにするわけにはいきません。

ところが、外そうとしても、なかなか外れません。
骨を切って外に取り出し、機械で強引にひっぱって取り外そうとしましたがやはり外れません。よくよく見ると、骨とチタンが密着していて、ほとんど骨と同化しているかと思えるまでにくっついていたのです。