インプラントの世界第一号は犬だった3

ブローネマルク博士は犬に様々な形のインプラント体を埋入して、その効果を確認していきました。その上に、白い歯や金色の歯といった素材の違う歯を取り付けても歯茎に炎症は起こりません。もちろんインプラントが抜けることもなく、硬い餌もしっかり噛んで食べます。

ブローネマルク博士は、インプラントを挿入すると歯槽膿漏になるのではないかと考え、犬の歯を磨かせないままに観察しました。

以前のインプラントでは、歯槽膿漏と同じように骨が吸収してしまっていたので、それが起こるのではないかと心配したのです。

インプラント埋入の犬が歯を磨くのは1年に2回、上部の歯を外すときだけです。取り外した歯は磨けばきれいになり、歯肉は歯槽膿漏にはなっていませんでした。骨の吸収は起こらなかったのです。

1960年から65年にかけて行われたこの犬の実験によって、チタンのインプラントは歯槽膿漏にもならず、しっかり硬いものも噛めるまでに骨に密着するということが証明され、大成功でした。

インプラントの世界第一号は犬だった2

治療に関しては、すべて成功の基準が必要です。科学的に論拠があるかどうか、治療結果が追跡調査されて予知性があるかどうかが一番の問題です。かつてのインプラント治療は予後も悪く、長くは使えないために普及しませんでした。

現代のモダンインプラントについては、1982年にカナダのトロントのミーティングで成功の基準が決められ、それに基づいて治療が実施されるようになっています。
骨にチタンがしっかりと付着することを発見したブローネマルク博士は、これを何かに使えないかと考えました。最終的に歯の根をチタンで作れば骨にしっかり付着するので、歯科の欠損治療に使えるのではないかと思いついたのです。

そこで、実験の第一弾として、ビーグル犬の歯にインプラントを埋入しました。
最初のインプラントは、現在のように骨に埋めて歯肉を貫通させるタイプではなく、歯肉の上に馬の鞍の形のようなチタンを乗せて、その上に歯を被せるというものでした。その方法でも歯肉としっかりくっついたので、いちおう成功でした。

そのため、現在のような骨にチタンのねじ型のインプラント体を埋入してから歯を取り付けるという方法で実験を行いました。
犬の顎の骨とチタンは本当によくくっついたのです。

インプラントの世界第一号は犬だった1

ブローネマルク博士は、チタンが生体にくっつくという性質を生かしたいと考えました。
何に利用するのが最適なのでしょうか。

整形外科医だったので骨折などへの利用も考えましたが、まずは小さくて身近なものから始めるのがいいと、歯への利用を思いつきました。

もともと、歯の根の代わりにインプラントを入れるという考え方は、ヒポクラテスの時代からありました。当時は、金や鉄などを使っていましたが、生体にくっつかないために歯が抜け落ちてしまいました。

1940年代になりブレード・インプラントやサブペリオスティール・インプラント(骨膜下インプラント)などの技術が開発されていきました。顎の骨を覆っている歯肉を骨から剥離して、顎の骨の形の印象を採って模型を作ります。その模型上で金属のフレームを作り、歯茎をふたたび開いてフレームを設置して縫い合わせ、歯肉のキズが治ったところで、義歯を植えていくというものでした。しかし、技術が難しく大手術になるために簡単にはできませんでした。それ以上に普及しなかった原因としては、科学的根拠が乏しいことが挙げられます。成功と失敗が偶発的で、安定していません。その後、インプラント体をセラミックやサフィアなどの素材に変えて実験が行われましたが、同様の理由から普及には至っていません。

チタンが骨とくっついて離れない4

骨膜を利用する技術は、アドバンスというインプラント治療に生かされています。インプラントを埋入できないケースにも、骨を再生することで適応させるというのがアドバンスの技術で、ブローネマルク博士は、はからずも骨を再生する最先端のインプラント治療の基礎研究を行っていたことになります、

また、骨膜下の骨の上にT字型の金属のプレートを埋め込むと、この金属のプレートと同じ型のT字型の骨を作ることができることも実験しています。実はこの作用を世界最初の、人間に対するインプラント治療の際に使っています。

現在はこの技術を使って、耳小骨を作っています。これは耳の中にある小さな骨で、これが機能していないと聴覚障害を起こします。患者さんの中耳に耳小骨を作って移植すると、聴覚が戻るという治療も行われるようになっています。

本来は歯科治療の専門ではなかったブローネマルク博士が行った実験と研究の数々が、口腔インプラントの基礎を作り発展させていったのは興味深いことです。

チタンが骨とくっついて離れない3

整形外科医のブローネマルク博士は骨と外れないチタンの現象を見て、強い興味を持ちました。外れないという特質を、何かに使えないかと考えたのです。

チタンが生体にくっつくというのは、現在では「オッセオ・インテグレーション」といわれていますが、当時はその言葉がなく「ボーンアンカレッジ」と言っていました。
オッセオ・インテグレーションというのは、ブローネマルク博士が「osseos(骨からなる)」と「integration(一体化)」を組み合わせた造語です。

骨の再生の原理を究明するという実験から、チタンと生体の意外な関係があきらかになっていきました。

博士は、もう一つ興味深い実験を行っています。
腸管骨という骨の一部を切り取り、骨が再生するかどうかについて実験を行いました。腸管骨は、真ん中が空洞になっている棒のようなものなので、この骨を覆っている骨膜を剥いで中の骨を取り去ります。そして、血管がついた骨からとった骨膜を袋状に縫い合わせました。

しばらく時間をおくと、その袋の中にふたたび骨ができて骨膜の中で骨が再生されるということが確認されました。これにより、骨膜も骨を作ることができるということがわかりました。

チタンが骨とくっついて離れない2

前回、ウサギの骨の中の血流を調べるために、骨にチェインバーという小さな顕微鏡を取り付けるという話をしました。それまでは、金や真鍮などでできたチェインバーを取り付けていましたが、プロジェクトに参加している教授が「チタンがいいのではないか」とアイデアを出しました。

チタンが生体に馴染みやすい性質を有していることがわかっていましたし、小さな顕微鏡に加工する技術も出来ていました。そこで、ウサギの脛骨にチタンで作ったチェインバーを取り付けることになりました。

骨の中には骨髄があり、その中には太い血管が通っている血流があります。骨髄の周囲には硬い皮質骨があり、骨の形態を維持していることが観察できました。

これにより、骨の中の細胞は、大きな血管から白血球や血小板を取り込んでいて、骨が折れると、骨膜の細胞と骨の中になる血管網によって治癒するということがわかりました。
骨の中の血流と細胞の関係によって骨折が治癒することがわかりましたので、別のウサギにも同様のことが起こるかを観察するために、最初のウサギの骨に取り付けた顕微鏡をはずそうとしました。なにしろ、高価なものなので、一回の実験で使い捨てにするわけにはいきません。

ところが、外そうとしても、なかなか外れません。
骨を切って外に取り出し、機械で強引にひっぱって取り外そうとしましたがやはり外れません。よくよく見ると、骨とチタンが密着していて、ほとんど骨と同化しているかと思えるまでにくっついていたのです。

チタンが骨とくっついて離れない1

整形外科医のブローネマルク博士は、骨の治癒の原理を研究していました。
どうして骨折した骨がふたたびくっつくのか、その治癒がどのように行われているかを解明しようと多くの実験を行っていました。

骨の内側は空洞で、その中は骨髄で満たされています。その中を多くの血管が通っています。博士は、この細い血管の中を赤血球や白血球などがどのように循環しているかを研究していました。ちなみに、この微細還流をマイクロ・サイキュレーションといいます。
手始めに、ウサギを使ってマイクロ・サイキュレーションを確認する実験を行ないました。

ウサギの脛骨に穴を空けて、骨の表面の皮質骨という硬い骨の部分を薄く削ります。中が透けて見えるくらいに削ると、骨の中には海綿骨があるのが見えます。その海綿骨の中を血液がどのように流れているかを観察することで、マイクロ・サイキュレーションの実態を確認しようと考えました。

骨の中の血流を調べるために、骨にチェインバーという小さな顕微鏡を取り付けました。このレンズを覗いて血流を観察しようと思ったのです。当然、ウサギが生きている状態で観察する必要がありますので、生体に影響を与えない金属で作った顕微鏡でなければいけません。

骨の研究から発見されたチタンの特性2

チタンが発見されてから200年以上経っているのに、なかなか利用が進まなかったのは、精製技術が確立されるのに時間がかかったのと、加工技術が難しかったからです。
戦後それらの技術が確立されたことにより、利用範囲が驚異的に広がっています。

多くの特性を利用して、アルミ、銅、鉄、マンガンなどと合金を作って、戦闘機やロケットの本体、あるいはミサイルなどにも利用されています。

つまり、軽くて丈夫なのに、変化しにくいのがチタンなのです。ですから、チタンのメガネフレームは軽いし、汗などにも強い。しかも、身体との相性がいいのです。

たとえば二酸化チタンは皮膚を保護する働きをすることから、日焼け止めに使われています。このように生体と馴染みやすい親和性があるのもチタンの面白い特性といえます。

こうした様々な機能があるチタンが、人工歯根や人工関節、はては人工の耳、頭蓋骨の代替品としてまで広く使われるようになったのは、ある研究者の実験がきっかけです。

1952年にスウェーデンのイエテボリ大学の整形外科医で解剖学者であるブローネマルク博士が、骨髄の機能について研究をスタートさせました。この実験で起こったある偶然が、現在の生体向けのインプラント利用の礎になっていったのです。

骨の研究から発見されたチタンの特性1

インプラントに使用されるチタンは、ゴルフのチタンドライバーやメガネのフレームなど身近なところで使われているおなじみの金属です。

元素番号は22で、元素記号はTi。
地球の地殻の成分としては9番目で、それほど希少という金属ではりありませんが、金紅石などの中に混入していることが多く、単体の金属として発見されるまでには時間がかかりました。

最初はイギリスで1791年に発見されました。ですが、当時は新しい金属だという理解がありませんでした。その後、1795年にドイツ人のマーチン・ハインリヒ・クラブロートとう人が、金紅石の中からチタンを発見し、ギリシャ神話の地球上の最初の子供である「タイタン」にちなんで、チタンと名づけたのです。

チタンは、地表だけでなく、アポロが採取してきた月の石のなかにも、時折降ってくる隕石の中にも含まれています。石炭の中にも確認されているだけでなく、植物にも人体にもごくわずかですが含まれています。

チタンはプラチナとほぼ同等の強い耐食性があり、常温常圧では酸にも塩分にもほとんど反応しないのでサビがつきません。鋼鉄と同じ強さがあるのに、鋼鉄の45%の重さしかありません。軽い金属として知られるアルミニウムと比べても、60%の重さで強度は2倍あり、しかも金属疲労しにくいのです。

インプラントにしたら、肩こりがひどくなった

適合の悪い補綴物は違和感を生みます。また、噛み合わせが悪いと、姿勢がゆがみ、体調不良を招きます。
いい治療はまったく違和感がなく、自然な感覚です。補綴物を入れたあとに違和感が生じたり、顎関節の音がする、肩がこる、首筋が張るなどの症状が出てきた場合、治療に何か問題がったとしか考えられません。

補綴物には、左右で高さが違っているとか、歯並びの不揃いなどがないことも大切です。これらが合っていないと、骨が溶け、治療の成果が長持ちしないだけでなく、顔が曲がり、姿勢が悪くなります。その結果、治療の前後で顎関節の音がするようになったり、肩こりや首筋が張るなどの症状が出るようになります。

さらに注意しなければならないのは、一見、補綴物がきれいに並んでいるようでも、咬合紙(咬み合わせをチェックする赤や青の紙)を咬んだとき、適切な場所に印がつかないと、うまく咬み合っていないということで同じ結果になることです。補綴物は、ある一定の法則性をもって、理想的な位置で、厳密に均等な圧力で咬み合っていなければなりません。

理想的な適合、咬み合わせになると、「生まれてからいちばんいい咬み心地」と患者さんが口をそろえて言うほど違和感がなく、快適なものなのです。